【読書】読書について

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はじめに

読書について」(ショウペンハウエル)

最近古典にハマってます。
そして岩波文庫を扱っている本屋が案外少ないということを今さら気づいて、若干落ち込んでいます。

古典を中心に様々な本をを読みたいから、読書術ではないけど、
効率よく本から知識を得られる方法はないか考えた結果、読書について述べている古典なら間違いないと思いました。
それで探してみたら、この本に出会いました。

タイトルに「他二編」と書いてあるように、この本では「読書について」だけでなく、「思索」と「著作と文体」という短編も含まれています。
「思索」を読んだ感想は以下の記事にまとめました。

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Amazonの評判が結構良かったので、期待して読んでみましたが、期待通りでした。いや、期待以上でした。

著者のような鋭い指摘が書かれた本は少なくとも私は今まで見たことはありません。

この記事では私にとって役に立てると思った箇所をまとめていきます。

多読するとどうなるか

スマートフォンが普及している現代、電車の中など、本を読んでない人、増えたと思いませんか?

文化庁が行った「国語に関する世論調査」(平成30年度)によると、47.3%もの人たちが1ヶ月に1冊も本を「読まない」ことが判明ています。

若者の本離れではなく、国民全体の本離れですね。
もっとも、平成20年度で実施した調査とほとんど変わっていないため、もっと早い段階で本離れが進んだのかも知れません。

この調査を見ると、本を読むだけでなんだか「私は6千万人よりも前に進んでいる」という謎の優越感を感じると思いませんか。

私は思いました。

ハイ。スミマセン。 調子乗りました。

では毎日のように本を読むのがいいのかと言うと、どうやらそうでもないみたいです。

なぜなら、著者は読書という行動について、以下のように述べています。

「読書は、他人にものを考えてもらうことである。本を読む我々は、他人の考えた過程を反復的にたどるにすぎない。」

正直今まで読書はメリットしかないと思っていました。だからこれを読んだときに、少し衝撃を受けました。
というのも読書しているときに、常に自分で考えると思っていて、他人、つまり著者に考えてもらうとは思いもしませんでした。

しかし改めて考えてみると、確かに自分ではあまり考えていないかもしらない。
というのも、私の場合、読書をするときは本で書いてあることは全部正しいと思っています。
なので、何も疑問を感じることなく、ただ本の情報をそのまま鵜呑みにしています。
これでは著者が言っている通り、他人が考えた過程をたどっているだけになります。

では、読書をすることによって、他人に考えてもらい続けば、どのような結果になるのかというと、

「ほとんどまる一日を多読に費やす勤勉な人間は、しだいに自分で物を考える力を失っていく。」

自分で考えることができなくなるという恐ろしいことになります。

丸一日中本を読む人はほとんどいないと思いますが、
読書するときは何かを書いたり、本に書いてある内容覚えようとしたりしてないので、著者が言っている通り、自分で考える力が徐々に失っていく可能性があると思います。

そういう意味で、国民の半分くらい本を読んでない現代の社会は、
さぞかし自分で物事をしっかり考えることができる人に満ち溢れて、スバラシイ社会なんじゃないでしょうか。

著者がもし生きていたら、現在の日本を見て、どんなことを言うのか、すごく気になるところです。
もしかしたら「もっと本を読みなさい」と、言うんじゃないかと妄想してみたりします。

才能があるときのみ、読書の教えは役に立つ

よくビジネス書や自己啓発本などで書かれているテクニックが、実生活であまり役に立ってないと思ったことはありませんか?

「読んだだけで実践してない」「実践したけど効果が出ない、続かない」などなど、原因を挙げればきりはありませんが、
著者は以下のように述べています。

「だからこの読書の教えは、生まれながらの才がある場合にのみ意味をもつ。それを欠いていれば、我々は読書から生気に乏しい冷たい手法だけを学んで、軽薄な模倣者になるにすぎない。」

「読書から学んだ方法でうまく行かないのは、才能がないからなんだよ」
「例え読書からテクニックを学んだとしても、ただ他人の真似をしているだけなんだよ」
と、読者を冷たく突き放していきます。

私達の中に才能が眠っている場合のみ、読書によってその才能を呼び覚ますことが可能となります。

実に容赦ないですね。

しかし、ビジネス書や自己啓発などでよく見かける「誰でもできる!〇〇を〇〇にする方法!」などのような、
あたかもこの本を読めば誰でも簡単に成功できると書かれている本よりも、
説得力があると思いませんか?

悪書を読まない

私達の人生は長いようで短い。
ただでさえ本を読む時間を確保するのが難しいのに、
その本が期待ハズレだと、貴重な時間を浪費してしまうことになります。

著者もこの点について述べています。

「すなわち悪書は、読者の金と時間と注意力を奪い取るのである。この貴重なものは、本来高貴な目的のために書かれた良書に向けられてしかるべきなのに、金銭めあてに、あるいは官職ほしさに書かれるにすぎない悪書が、横から略奪するのである。」

現在本屋さんで売られている書籍において、金銭目当てじゃないものは多分ないと思うので、著者の意見だとすべて悪書になってしまいますが、
著者の時代(1800年代)では、金銭目当てじゃない本もあったのでしょう。

ちなみに悪書を読まないようにするために心がけるべきことは以下のようになります。

「したがって読書に際しての心がけとしては、読まずにすます技術が非常に重要である。」
「その技術とは、多数の読者がその都度むさぼり読むものに、我遅れじとばかり、手を出さないことである。」

流行に乗らないことですね。
新しい本が発売されると、本屋で山積みになってるのを見て、その上評判が良さそうな本はついつい手に取ってみたいものです。
しかし著者曰く、それではダメとのことです。

では何を読むべきかと言うと、

「比類なく卓越した精神の持ち主、すなわちあらゆる時代、あらゆる民族の生んだ天才の作品だけを熟度すべきである。」

「古典」を読むべきと著者は述べています。

出版された直後に人気が出たとしても、ずっと続くとは限りません。
本当に良い本は次の世代へも引き継がれていきます。

ちなみにこの「読書について」も古典に分類されると思います。

印象に残った箇所

最後にこの本を読んだ過程で印象に残った部分を紹介します。

「紙に書かれた思想は一般に、砂に残った歩行者の足跡以上のものではないのである。歩行者のたどった道は見える。だが歩行者がその途上で何を見たかを知るには、自分の目を用いなければならない。」

これを読んだときに鳥肌が立ちました。読書ということをあまりにも見事に表現できたからです。
私達は読書によって、著者が私達に伝えたかったこと、著者自身の経験を知ることができます。
しかし結局、著者がたどった結果を知るためには、自分の力だけに頼らなければいけません。

大事なのは「自分」です。

「書物を買いもとめるのは結構なことであろう。ただしついでにそれを読む時間も、買いもとめることができればである。しかし多くのばあい、我々は書物の購入と、その内容の獲得とを混同している。」

最近の悩みの一つです。

「アイデアのつくり方」を読んだ後、「一般的知識」を身につけようと思って、いろいろ本を買ったのですが、読む時間はなかなか確保できません。
少しずつ消化していますが、まとまった時間を確保するのは難しいです。

著者が言っている通り、ただ本を買っただけでは、知識を獲得できません。

学生時代に参考書を買っただけで満足したと思ったことはありませんか?

私は思いました。

参考書をいっぱい買ったのですが、結局ほとんど読みませんでした。

「良書」をどんどん読んでいきましょう。

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